陰徳あれば陽報ありについて思うこと

こんばんは!canonです。
今日は陰徳について、思ってることを書きますね。

 

陰徳

これって何だと思います?

陰で隠れて良いことをすると、巡り巡って、良いことが起こるっていうお話です。

システムといってもいいのかな?

わたしは最近、夫が仕事をクビになりました。

今はもう新しい仕事をしてますけどね、大丈夫です。

そこでわたしは、自分が支えなきゃ!って強く思ったのです。

ところが、わたしは持病のヘルニアが再発、わたしまで退職に追い込まれたのです。

どうしよ、どうしよ、と毎日悩んでいましたが、ある日

スッと、

もうなるようにしか成らん!今までの行いを見直す必要があるんだ、きっと!

開き直ったのです。

それからわたしは、少しづつ生活を見直しています。

真っ最中なのです。

陰徳について考えだしたのも最近です。

神様が見てるから、というより、自分という内なる神には嘘がつけないのです。

それに気づいてから、わたしはなるべく陰徳を積もうと思っています。

何とかなるにはまずは自分から、と思ったのです。

そうこうしているうちに、こうしてブログがアドセンス受かったり、とてもいいことが起き始めています。

自分の努力だけではありません。

家族や友人、知り合いに至るまで、わたしはいろんな人に助けられました。

お母さんには、特に助けられました。

喧嘩もしました、愚痴も言いました、ひどい冷戦状態にもなりました。

でも母は、それでも子供のために、といろいろ助けてくれたのです。

わたし自身が母になって、やっとありがたみに気づけた。

意味があった、どんなことにも。

ただ無為に過ごしていたはずなのに、たくさんのプレゼントをもらっていました。

神は、一人ひとりの中にいます。

それぞれの神が守るんだよ。

亡くなったおばあちゃんが言っていました。

おばあちゃんになにも返してあげられなかった、そう悔やむこともあります。

迷惑ばかりかけてきた、一番迷惑かけた孫はわたしでしょう。

でも、そんなおばあちゃんを看取ったのは、わたしひとりでした・・・。

 

 

神様が見てるから、とは子供の時にはよく言われましたが、今になると神様はどこか遠くにいるんじゃないんだなあと思います。

その神に、恥じないようにすること、自分を大切にすること、約束をまもること、規則正しくすごすこと。

全部は簡単そうで、じつは大人になると難しい。

陰徳とは、そういうことなんじゃないかなあ、と思っています。

ちなみに人と仲良くすること、もその人の状態によりますが、あると思います。

人も自分も大事なのです。

お願いされたら、聞ける範囲内で聞いてあげればよいと思います。

難しいと思います陰徳って

でも自分、これくらいならできるなあ、ということをすればいいのではないでしょうか。

過ぎたるは猶及ばざるが如し

気楽にいきまっしょい!^^

 

 

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